第33回 友の死

- 無様なる美しさ -

 つくづく大河ドラマ「新選組!」はすんごいドラマだと思うよ。

 先週、ついに主人公たちの1人「総長・山南敬助」が切腹したのだがね。
 そのドラマで受ける感銘というのが、普通のレベルではないんだな。
 ――喪失感というか、無常感というかさ。

「ああ、もう山南さんはあの場所にはいないんだ」――みたいな感情の方が、こういったシーンで通常湧き上がる「死ぬ事自体への哀しみ」よりも遥かに上回るんだよ。
 これ程の存在感を山南さん(だけではなく、おそらくは試衛館ズ全員)が持ちえた理由は、ま、いろいろあるんだろうがさ。
 総じて言えば「ドラマ(番組)自体のパワーゆえ」、という事になるのかな?
 三谷幸喜の非常に緻密な脚本・シリーズ構成は言うに及ばず、多数を占める舞台系役者の確かで柔軟な演技力、前半は迷走気味だったが京都編に入って俄然ノッてきた演出陣(あれで殺陣がもう少し……いや、もうよそう(笑))、実は意外に拘っている衣装・小道具・セット等など――それらが渾然一体となって、ある種異様な程のパワーを発揮しているのだ。
 回によっての出来不出来も、あんまりないし……というか、この「友の死」や「婚礼の日に」「避けては通れぬ道」みたいに異様に出来の良い回があるって事より、どうしようもない駄作が存在しない点で、むしろ高評価できる側面もある(ある意味、一話たりとも見逃せない伏線だらけの構成になってるし……ま、そのせいで一見様お断りな、敷居の高さもまた確実にあるようだが(笑)
 これほどの物語やキャラクターを表現しているTVドラマシリーズ(しかも1年という長丁場)なんて、大河どころか他でもそうはお目にかかれないよ。
 ――つーか、オレ個人としては生まれて初めての経験。
 毎週何かしらの刺激を受けてるしね(笑)
 で、今回の「友の死」についての感想をば――、と思ってこの日記を書いておるのだが……
 何か色んなサイトや掲示板で語りつくされてて、ここで同じような
「山南さん〜;・(´Д⊂ヽ;・」――みたいな事を書いてもな〜。
 ほんとイイ具合に捻くれ加減のオレではある(苦笑)

 という次第で、これから書く事はあくまでドラマを観て二次的に感じた事、である。

 なんつーのか、ものすごく日本的な悲劇の表現なのだよなぁ、今回。
 無論、ドラマ上で丁寧にハラキリ・セップクを描いているから、ではないよ。
 本音と建前というか、オレの想いを察してくれ、つーかね。
 障子を開けっ放しにして、山南さんに背を向け座り込む近藤といい――
 そっと逃亡用お弁当を渡そうとする源さんといい――
 あの土方にいたっては、山南逃亡の邪魔となるであろう観柳斎を、姦計(笑)をもって酔い潰そうとまでする。
 が、しかし――ここまで切羽詰っても、とにかくみんな本音を喋ろうとしない。
 視聴者には分かり易いぐらいに「山南さん、頼むから逃げてくれ」といった彼らの本音が伝わるのにさ。
 あからさまな言動で示しているのは、建白書以来土方に叛意を示している永倉・原田くらいか?
 後の者は法度厳守という譲れない建前の為に、誰もが表立って言えないし行動もできない。
 ――とはいえ、彼らは心根の部分でお互いの想いをきちんと理解しあっている。
 少なくとも「近藤・土方・沖田」や「永倉・原田・近藤」の間には暗黙の了解があるだろう(源さんは微妙な位置づけだが、皆が山南さんを逃がそうと思っている事自体は俯瞰しているみたいだし)
 だが彼らはあくまで個人的な判断として、個々にこっそりと山南さんを逃がそうとするのだ。
 これはあまりに日本的に過ぎる展開だと思うし、外国人などから観ればナンセンス極まりないのでは?
 実際、ドラマの展開自体も、ドタバタとした喜劇的な構成だと言えるしね。
 つか、そもそも皆のコソコソとしたやり方のせいで山南逃亡が新選組的に非合法なモノとなり、結局山南さんからすれば皆の申し入れを断固拒否するしかなくなるのだ。
 こーなってくるとある意味、ひどく滑稽な図式とも言える。

「このバカ野郎たちは一体何をやっているんだ?」
 ――これこそがオレ個人の真にストレートな感想であり、だからこそ彼らの置かれた立場・状況を顧みて湧き上がるのが、例えようもない程の哀れみであり、辛さのリアリティなのだ。
 悲劇は転じて喜劇となり、その逆もまたしかり。
 最後の最後になって、道化を自覚的に演じた明里もまたしかり。
 最後まで試衛館の同志でいたかったために、自らの切腹を選択した山南さんもまたしかり。
 みんな、大バカヤロウであり、だからこそ悲しい。
 山南さんと明里の逃避行――
 珍しい屋外ロケのせいもあってか、普段の京都より妙に開放的な空気で満たされていた。
 2人にとっての来るべき未来も生きていく喜びも、あの街道の先に確かに存在していたのだろう。
 しかし山南さんは立ち止まって、沖田を振り向いてしまう。

 自分の居場所や進むべき道は、もはや新選組には存在しない。
 しかしやはり自分は近藤や沖田たち、試衛館の皆と共にありたい――
「近藤さん、私はあの日試衛館の門を叩いた事を、後悔してはいませんよ」

 互いの絆の深さが、誰も望まぬ悲劇を呼び込む。
 山南、そして近藤・土方――

 魅せるは、まさに無様な「笑い・泣き」である。


2004年8月27日(金) 





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