お前を殺す気はない……だが、救う気もない

バットマン ビギンズ (2005年)

- 狂気への渇望 -

バットマン・ビギンズを観た。

いやぁ、ちょっと参りましたよ、ワタクシ。
あまりに“自分好み”の映画だったために、こう……書く事が多すぎて、頭の中で整理が付かないッス。

そうだなぁ……極めて単純に言えば、まさか“バートン以上のバットマン映画”が作られるとは、夢にも思わなかったんですな(あくまで個人的には、ですが)
辛口でもって鳴る文芸評論家〜福田和也がこの“ビギンズ”を絶賛していたのは知っていましたが、まさかこれ程とは。

映像、脚本、キャラクター、キャスティング、メカニック、どれをとっても最上級に素晴らしいのです。
美しく、しかも現実的な映像風景の中から、バットマンという特異な(変態的な、ともいう)キャラクターが産まれるという、奇妙な倒錯感。
酷いトラウマをもった主人公が、「父の遺志をついで」&「己の存在理由をかけて」〜蝙蝠の王となるプロセスを淡々と――しかも、圧倒的なリアリティとシニカリズムでもって描写していくのである。
既にこの時点で、この映画の大半の観客が潜在的に持っているであろう「バットマンを渇望する心」は、監督であるクリストファー・ノーランに見透かされているかのよう。
だって「バットマンになる事」とは、何万ドルもする軍用サバイバルスーツを着込み、蝙蝠状の耐ショックヘルメットを被り、電気によってグライダーに変形するケープを身にまとう事なのだ。
つまり現実的観点から見て、どー考えても正気の沙汰じゃないのだが、ブルースたちは勿論、観ているコチラ側もそれを“変態的行為”と知りつつ、エンターテイメントとして楽しんでしまうのだからさ。
登場人物たちも、観客たちも、スゲェ被虐的にニヤニヤしながら映画を追う羽目になるんだもん(笑)
これって、あからさまな虚構を舞台にしたバートン作品では、決して味わえない部分でもあるのです(ま、優劣をつけるつもりはありませんよ。あくまでも個人的な、映画に対する趣味性の問題です)
今回のバットサイン(例の雲に蝙蝠マークを浮かべる行為)を観れば、その異常性〜変態性は際立って感じる事が出来る筈(猟奇犯罪的な感じすらするのだ)
で、バットマンってのは他のアメコミ・ヒーローと違って、実は“ただの人”なんだよね。
そこで監督は、何とブルースに日本の忍者修行をさせるのだな――しかも、何故かヒマラヤの奥地で(渡辺謙はここで登場)
ま、西洋人の思いつく「超人育成プロセス」としては、これが限界なのかも(笑)
この辺のことは後半、多分におかしな設定を見せる事になるが、これは観ているオレっちが日本人だから気になるだけで、アメリカ人はモーマンタイなんだろう。
――とはいえ、画的には凄くカッコイイぞ。
ヒマラヤの雪原で、クワイガン(笑)とブルース・ウェインが、日本刀で修行するんだからさ(アレってハイランダーだよなぁ、モロに)
敵対する悪役たちについては、ネタばれにつきここでは詳細を語るまい。
ただ今回の敵、実に映画的に面白い方法で、ゴッサムシティを襲うんですよ。
気化させる事によって、極度の被害妄想と幻覚を引き起こすドラッグが、今作は非常に重要なアイテムとなっているのです。
これが、もう、すんごいんです。
プシュッとスプレーを吹きかけると、あら不思議――もう回りはモンスターだらけ(笑)
しかも後半はこのドラッグがゴッサムシティで、無差別にばら撒かれる事になり……

現実と幻覚がフラッシュバックし、文字通り虚虚実実の映像展開になるのです。
この辺の「敵から見たバットマンのイメージ」であるとか、「一市民から見たバットマン」であるとか、とにかく意味合い的にスゲェ深い悪夢的な映像のオンパレードとなり、なんつーか思わず前のめりになって映像に見入ってしまいましたよ(市民たちは、まるでゾンビ映画みたいになっちまうし、“スケアクロウ”は西洋のダークナイト風になってしまい、しかもその馬が口から火を吹いてしまったりするし)

ま、ドラッグ絡みではない部分でも、この監督の撮る映像イメージは非常に素晴らしく、特にブルースが洞窟で埋め尽くされるような蝙蝠に取り囲まれるシーンなど、まさに圧巻!――なのです。
まだまだ語りたい事はあるが、とにかくこれを読んでいる皆さんには是非観て欲しい映画です。
マイケル・ケイン、モーガン・フリーマン、ルドガー・ハウアー、クワイガン(笑)といったイブシ銀の(つーか、凄すぎない? このラインナップ)役者たちが、素晴らしい演技をしていますし。
あと、ヒロインも美人(笑)で、しかも自己完結型のしっかりしたお嬢さんなので、観ていて実に気持ちがよろしい。
この手の映画のヒロインにありがちな、観ていてストレスが溜まるキャラになってないし。
つか、ラストなんかは、彼女のおかげでブルースは心情的に救われるんだよな(同志、なんだよね。精神的に)
あとゲーリー・オールドマンが演じる刑事も、実においしい。
クライマックスはバットマンとの共同戦線で、まさに大活躍だしね!
そうそう、あとバットモービルですよ!
これがもう、メチャカッコイイんですよ〜
中盤からクライマックスにかけて、まさに出ずっぱりで獅子奮迅の大活躍!

しかしあのモービルの運用を見ていると、ジェダイの復讐のクライマックスが燃えなかったのは、ランド・カルリシアンのせいじゃないように思えるんだよなぁ……(何故に突然こんな事を、私は書いているのでしょうか?(笑)

とにかく、こんな映画に巡りあえて、ワタクシは幸せでございます。
内容についての詳細は、DVD購入時にでも。
って、まだまだ書き足らんのじゃ〜(笑)

しかしこれだけの映画にもなると、ネタバレがなぁ……
   

2005年7月16日(土) 





- 蝙蝠の正義 -

さてさて、待望のバットマンビギンズのDVDを購入したワケだがね。
……やっぱイイわ、この映画。

鑑賞も2回目ともなると細かい点がイロイロと気になってくるし、日本語吹き替えだと尚の事――
こちらが受け取る情報量は一気に増加して、更に深〜く楽しめるのである。

お話の概略は前回の日記にある程度書いたので、今日はディティールやキャラクターについて書くとします。
まずはリーアム・ニーソン演じる黒クワイガン(笑)、もといデュカードについて。
初め観たときは“悩めるブルースを導く、闇よりの使い”であり、いずれは超えるべき武術の師って認識しか出来なかったのだがね。

今回観直して、実はデュカードがブルースにとっての“もう1人の父親”として描かれているのに気が付いたのだ。
しかも善良な陽の当たる正義を標榜していた父トーマス・ウェインとは正反対の、情け容赦ない負の正義を振りかざす存在として描かれていると。
こうなってくると単純に2人の存在を通して、悪に殺された“弱者の正義”対“悪を滅ぼす強者の正義”――っていう葛藤が浮かび上がってくるんだよね。

で、ブルースを含めたこの3人による構図の象徴となっているのが、ゴッサムシティに張り巡らされたモノレールなんである。
トーマスが“ゴッサムのために”開発したモノレールを、デュカードはクライマックスにおいて“ゴッサムを滅ぼすため”に利用しようとするのだからね(モノレールをブルースに置き換えれば、ヒジョーに解り易いハズ)
で、息子(ブルース)がその両者の間を悩み逡巡する事こそが、この映画の最も重要な骨子なんである。

力なき正義は成就しないが、力のみの情無き正義にも納得出来ない……
何よりもブルース自身、実父トーマスの正義を愛する“魂”と師父デュカードが与えてくれた“技”の、双方を引き継いで“バットマン”に生まれ変わったのである。
その苦悩は幾ばかりか……
で、結局ブルースは2つの正義を折衷してしまうのだな(笑)
つまり“バットマンの正義”とは“守るための正義”であり、その実践の為にはどんな手段も選ばない、と(例え法を破る事になったとしても、だ)

そして守るための正義からすればデュカードは敵であり、また真の悪意でもある。
ブルースは最終的にモノレール(トーマスの残せしモノであり、悪意に暴走する自分自身)をデュカード共に滅ぼしてしまう事によって、古き正義の呪縛から解き放たれたとも言えるか。
そう、ブルースは2人の父と“過去の自分”を殺す事によって、ようやく新たな地平に降り立つ事が出来たのである。

もっともブルースは死ぬ間際のデュカードに対して「お前を殺すつもりはない……だが、助けるつもりもない」――等と、のたまっているワケなのだが(笑)
つまりこの台詞の裏を返せば、物語的にはトーマスにしてもデュカードにしても「死ぬべくして死んだ……つまり自滅するしかなかった」という事なのだろう。

古き正義の死――
これすなわち、新しき正義“バットマン”の生誕――ビギンズなのである。

おお、何かカッコイイぞ!(笑)
で、次にオモロかったのが、怪人“スケアクロウ”の描写だろう。

何がオモロイってアナタ――スケアクロウの真の敵って、じ・つ・は・バットマンじゃなかったのだな(大笑)
というのも、よくよく物語を咀嚼するとスケアクロウの相手役が徹頭徹尾、ブルースの幼馴染みでゴッサムの辣腕検事でもある“レイチェル・ドーズ”なんだと見えてくるのである。
冒頭の法廷におけるクレイン(スケアクロウ)VSレイチェルから始まり、劇中しばしば2人は対立し命のやり取りに近い事をしているからね。
レイチェルの上司を殺害したのもクレインの手の者だったワケだし(この上司がどうやら以前レイチェルにプロポーズしフラれていたらしいのも、何気に泣かせる演出である)
確かに映画の中盤において一勝一敗の戦績を残し、スケアクロウを精神病院送りにしたのは他ならぬバットマンである。
しかし物語のクライマックスに名も無き少年を助け、狂気のスケアクロウを撃退したのは、レイチェルの放つスタンガンの一閃なのだからな〜(笑)

こういったヒーロー物で、ヒロインがザコではない敵怪人を倒すなんざ、ある意味痛快極まりないッス。

そういや彼女って、ラストのブルースに対する接し方も妙に健気だったんだよな。
精神的にもしっかり自立しているっていうかさ。
つか、この手の映画でよくあるような“肉体的に強いヒロイン”よりも、遥かに強いヒロインに感じるんだよね〜。
結構、可愛げもあるしね(笑)
それにしても、この映画って意外に制作費かかってんのな。
メイキング映像を観て、正直ビックリいたしました。
巨大なゴッサムシティのセットといい、完全にオリジナルマシンとして開発された“タンブラー”ことバットモービルといい、普通に尋常じゃないッスよ(おそらくスパイダーマンやXメンとは比べようがないくらいの資金をかけている)
しかしそのワリにはハリウッド的な、これ見よがしの派手さをあまり感じられないのだ。
これって、ある意味好印象。
上品な金のかけ方、というかね(笑)
しかしタンブラーによるカーチェイスが早回し無しのほぼ実速であり、最高時速180キロをマークしたって聞けば、もう感嘆を通り越して呆れる他ない。
例のハイウェイの壁をぶち破る場面も、マジなスタント撮影みたいだし(撮影スタッフの目標が、あの“フレンチコネクション”だったらしいから、その臨場感は推して知るべしである)

そこまで“ライブ”の臨場感に拘っているワリには、ゴッサムシティの遠景のほぼ全てがCGによって制作されているらしいってのも、ちょっと意外……つか、全然判りませんでした。
そりゃ確かにあんな都市はアメリカには無かろうがね。
にしたってニューヨークの景色をチョチョイと弄った程度の映像だと思っていたのよ。
それがまさかゼロから作成されたオールCGだったとは……(バットケーブがオールセットだったってのも、かなりショック。てっきりロケだと思ってたのに……つか、オレって見る目無い?(苦笑)
つくづく今時の特殊効果って、スゲェんだねぇ……

ま、何にしても個人的にはバットマンシリーズで、もっとも好きな作品となりました。

未見のヒトは是非!


2005年11月1日(火) 


……
Great scene select


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